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名古屋高等裁判所 昭和55年(ネ)496号 判決

控訴人(被告)

山本光雄

被控訴人(原告)

東京重機名古屋株式会社

主文

原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張並びに証拠関係は次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する(ただし原判決三枚目表七行目の「三七七万四七四二円」を「三六九万四二四二円と」、同三枚目裏一行目の「多田」を「多田野」とそれぞれ訂正する)。

一  被控訴人の主張

1  クレーン車の運転手は、特殊の技術と資格とを要求されているため、恒常的に不足している状況であるから、そのような運転手が負傷した場合にはその代替要員を確保することは困難である。それ故クレーン車業界においてはクレーン車と運転手とは不即不離の一体のものとして取扱われている。したがつて、森博之が傷害を受けてその担当するクレーン車を運転することができなくなつた本件の場合は、クレーン車自体が損傷を受けて運転不能になつた場合と同一の事象であると考えるべきである。そして、営業用貨物自動車が交通事故により損傷を受け休車した場合、その所有者が加害者に対し、休車期間中これを使用して得べかりし利益を失つたことによる損害賠償を求めることができることは一般に是認されているところであるから、クレーン車自体が損傷を受けた場合と同視すべき本件においても、被控訴人の本訴請求は認容されるべきである。

2  本件事故当時、被控訴会社は代表者藤倉朗雄のほか、女子事務員一名、運転手五名の人員で、クレーン車五台を使用して営業を行つていたものであつて、その実態は右代表者の個人企業というべきものであり、本件事故の直接の被害者である森は藤倉の分身とも目すべき関係にあつた。したがつて被控訴会社は、本件事故によりその五分の一に相当する組織及び機能を直接侵害された被害者であるというべきである。

二  控訴人の主張

一般に、従業員が交通事故により傷害を受けたときに、企業自体がこれによつて蒙つた損害の賠償を請求することは、(1)被害者と企業との間に社会的経済的に一体性があり、(2)当該企業が個人企業であつてその経済活動が被害者の手腕や働きに依存するとともにその企業利益が被害者の利益と目されるような関連性一体性があり、(3)かつ被害者に代替性がないときに限り、許されるものと解すべきである。ところが、本件においては右のような事情は何ら認められないから、被控訴会社にその主張するような損害があつたとしても控訴人はその賠償をすべき責任を負わない。

理由

一  本件交通事故の発生とその状況、右事故が控訴人の過失に起因すること、被控訴会社の従業員森博之が右事故により頸部挫傷の傷害を受けて治療したことについての当裁判所の認定判断は、原判決の理由(原判決六枚目裏七行目から同八枚目表三行目の「受けた」まで)と同一であるからこれをここに引用する。

二  被控訴人は、森の負傷休業のため同人の専属運転にかかるクレーン車を稼働させることができなかつたこと等により被控訴人の蒙つた損害の賠償を加害者である控訴人に対し請求するので、先ず、控訴人が右の損害賠償義務を被控訴人に対して負担するかどうかを検討する。

成立に争いのない甲第八号証、原審証人森博之、原審における被控訴人代表者尋問(第一、二回)の結果及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被控訴会社は昭和五〇年一二月一一日クレーン車を運転手付きで建設業者等に一定の時間又は期間を単位として賃貸することを目的として設立された株式会社であつて、初めはクレーン車二台と運転手二名で営業を行つていたが、次第にその規模を拡張し、本件事故当時は代表者藤倉朗雄のほか、女子職員一名、運転手五名の人員により、クレーン車五台を使つて営業を行つていたものである。しかし、なお、その実態は右代表者の個人企業というべき程度を超えていなかつた。

2  森は昭和五二年一月頃被控訴会社に従業員として雇われたものであるが、同会社或いは同会社役員と特別の関係はない。同人は被控訴会社において月給約二五万円を支給され、油圧式ハイドロクレーン一五トン車(TL―一五〇多田野鉄工製・以下本件クレーン車という)を専属的に運転していたが、本件事故による負傷の治療のため休業したまま昭和五三年八月二〇日退職した。

3  被控訴会社は同年四月頃森の代りの運転手として岩上某を採用したが、同人が技術未熟のため従前、森が運転していた本件クレーン車を運転させることができなかつた。またその頃クレーン車運転手として採用した峰田某には別の車両を運転させることになり、本件クレーン車の運転はさせなかつた。結局被控訴会社は、森の休業後は本件クレーン車を稼働させることのないまま、同年八月頃にはこれを森に売却した。

以上の認定によれば、被控訴会社はその代表者の個人企業といえるものであるけれども、森は右の代表者でも役員でもなく被控訴会社の単なる一従業員にすぎず、経済的に森と被控訴会社とが一体をなす関係にあるものとは認められない。したがつて、森の本件事故による休業のため被控訴会社がその主張のような損害を蒙つたとしても、控訴人の森に対する加害行為と被控訴会社の右損害との間には相当因果関係を認めることはできないから、控訴人は右損害を賠償すべき責任を負わないものというべきである。

被控訴人は、森が傷害を受けたために本件クレーン車が運転不能になつた場合と本件クレーン車自体が損傷を受けたためにその運転が不能になつた場合とは同様に考えるべきである旨を主張する。しかし、後者の場合は、本件クレーン車の所有者である被控訴会社が直接の被害者であるが、前者の場合は、負傷した森が直接の被害者であつて被控訴会社は間接の被害者であるにすぎない。また後者の場合には、本件クレーン車は修理完了まではこれを運転することが絶対的に不能であるが、前者の場合には、代替運転手によつて本件クレーン車を運転することが困難ではあるにしても絶対的に不可能とはいえないから右二つの場合を同一にみることはできない。したがつて右二つの場合が同一であることを前提として控訴人に本件損害賠償責任があるとする被控訴人の主張は採用できない。

また、被控訴会社は被控訴会社代表者藤倉朗雄の個人企業ということができるけれども、森が同人の分身ともいうべき密接な関係にあるとは認められないこと前認定のとおりであるから、被控訴会社が本件事故によりその五分の一の組織及び機能を直接侵害された被害者である旨の被控訴人の主張も採用できない。

三  そうすると、被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

四  よつて原判決中、右請求を認容した部分は不当であるからこれを取消し、民訴法八九条、九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秦不二雄 三浦伊佐雄 喜多村治雄)

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